アーサーCクラークの「幼年期の終わり」を読みました。
物語中盤以降になるまで結末は全く予測不可能。起きていることはさほどドラマチックでもスペクタクルでもないのに、「次はどうなるんだ?」とぐいぐいと面白く読めます。なので、ストーリーについては詳しく書きませんが、1950年代前半にこのストーリーを構想したっていうのはスゴいです。

当時すでにユングによって集合的無意識は提唱されていたはずですが、有人宇宙飛行はおろか人工衛星の打ち上げすら達成していない時代に、宇宙時代を越えたその先にある究極の未来を、科学的な物ではなく集合的無意識への融合という精神的な物であると定義しているのですから驚きです。

そういった未来像は、おそらくエヴァンゲリオン(というよりは「人類補完計画」)の下敷きだと思われます。ただ、この作品では人類の精神の進化が主題であるのに対して、エヴァの主題はあくまでシンジの心象であって精神の進化は状況でしかありません。しかしながら、「攻殻機動隊」と「人形使い」もそうであったように、いま世界で注目されている日本のアニメーションが、欧米の古典SFをシーズとしているのは興味深いことです。

私が個人的に興味を持ったのは、クラークが21世紀の人類の価値観についても実際に見て来たかのような正確さで予言していることです。人類や生命の進化と言った大きなテーマよりも、むしろ実生活に近いことを予言している方がスゴいと思いませんか?そんな2つの文章を引用して終わりたいと思います。

「アマチュアとプロの区別なくアーチストは無数にいた。」

「今の時代、乗り物のグレードを見てゲストの社会的地位を推測することはできない。」



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