人形つかい (ハヤカワ文庫SF)
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最近図書館に通い始めたのですが…
ハイライン(1940年代から80年代にかけて活躍したアメリカのSF作家)の著作を探していて目に入ったタイトル「人形使い」…って「攻殻機動隊」??日本のSFアニメが古典的SFから着想を得ているのはよくある話なので、借りてみました。

あらすじとしてはざっとこんな感じです。
アメリカの地方都市にUFOが着陸。中から現れたナメクジ状の宇宙生物は人間の脊髄に取り憑き、意識を浸食して操り人形にしてしまう。徐々に増える被害者。やがてアメリカの都市の多くがナメクジに占領される。この事態をいち早く察知した秘密捜査官達は人間の尊厳を取り戻すべく立ち上がる…

だから「人形使い」というタイトルなんですね。かたや「攻殻機動隊」をざっと説明すると、

身体の一部(または全部)を機械に置き換える「義体(サイボーグ)化」や、脳に埋め込んだコンピューターチップを介して意識を直接ネットワークに接続出来る「電脳化」が一般化した近未来に起きるサイバー犯罪やサイバーテロに立ち向かう「公安9課」の活躍を描くサイバーパンクSF。劇場版第1作「GHOST IN THE SHELL」に他人の電脳に侵入し意のままに操る「人形使い」といわれるハッカーが登場する。

宇宙生物が登場する古典SFと最新技術を前提としたサイバーパンクSFとまったく趣向は異なりますが、多くの共通点があります。

(1)主人公が所属するのは最高権力者直属の秘密公安機関。
(2)その公安機関のリーダーは、禿頭で杖をついている。
(3)男性を凌駕する格闘能力をもち、かつセクシーな女性捜査官が登場する。(攻殻では主人公、ハインラインでは主人公の恋人)
(4)秘密捜査官同士は相手の聴覚に直接話しかける通信装置を使う。
(5)敵は意識を浸食し自由意志を奪う。

攻殻機動隊にとっては、(2)と(3)はメインキャラクターの造形ですし、(4)は作品世界を表現する欠かせないアイテムで、作品を特徴づけるアイデアをハインラインから引用していることがわかります。

しかしだからといって、「攻殻機動隊はハインラインのパクリ」とするのは全く的外れです。先述の通り世界観がまったく異なりますし、そもそも作品の主題が違います。

ハインラインの小説の主題は「精神を乗っ取られることの恐ろしさ」を通して語られる「自由意志の重要性」と「それを守る為に戦う事の意義」だと思います。

一方「攻殻機動隊」では「精神を乗っ取られる云々」はテロリストの手口(それもあたりまえの)として登場するだけです。作品の主題は「GHOST IN THE SHELL」では「脳も身体も機械になった時、人間を人間と定義する物は何か?私という自我の正体は何か?」というアイデンティティとか自己同一性への問いかけです。

また「攻殻機動隊」のエンターテイメント体験は、「義体化」や「電脳化」で人間離れした活躍を見せる登場人物達へ自己投影することによって得られる「全能感」や「自己拡大感」への陶酔や高揚感だと思います。また犯罪捜査が舞台ですので、ミステリーや謎解きといった面白さも見逃せません。ハインラインの「人形使い」はミステリーというよりロマンティックな冒険ものです。

つまり、設定やキャラクターといった「道具立て」は引用していても、作品の主題や、受け手が感じる「面白さのツボ」が違えば、異なった価値を生み出す事が出来るというわけです。

とはいえ、機械化された人間のアイデンティティの問題や、意識をコンピューターに接続する高揚感は、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」や「ニューロマンサー」で扱われているので、「オリジナリティは何ぞや」という問いに答えるのはせめてこの2作を読んでからにしたいと思います。(すでに図書館に予約済みです)
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