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東京都現代美術館で開催中の「ラグジュアリー:ファッションの欲望」展にいってきました。

18世紀から現代に至るまでの「贅沢な」服の数々の展示をとおして、「ラグジュアリー」の定義の移り変わりを俯瞰しよう、という展覧会で、大きく分けて4部構成の展示になっています。

第1〜2部の展示で、宮廷貴族の夜会服から、アール・デコ、ミッドセンチュリー〜現代までのコレクションを俯瞰して見えてきたのは、ファッションとはやはり「時代を映す鏡」だということです。

階級社会から市民社会へという社会の変革や、機械化によって希少な素材が一般化するなどの科学技術の変化、マスコミュニケーションや消費活動の活発化による他分野(例えばポップアート)との交流などによって、「贅沢」を表現する手法が変わっていることがよくわかります。しかし一つ一つの手法は実は昔からあるもので、変わって行くのはその使い方や見せ方。

「デザインは引用と模倣とコラージュだ」という言葉がありますが、そこにいかに「時代の気分」みたいなものが反映されているか?が重要なんだなあ、と思いました。

じゃあ、環境保護やら持続可能性やらが言われる現代の気分を反映した「贅沢」ってなに?という疑問に対する答えの一つとして提示されるのが第3部で展示されるマルタン・マルジェラの服たち。古着や廃品のリサイクルやリフォームので作られる故に、手作りの一点もの=希少性という贅沢、という可能性が示されます。これもまた「時代を映している」と言えるのかもしれません。

そして最後の特別展示。妹島和世の空間構成によるコムデギャルソンの展示。ここでは、川久保玲が従来の服が沿ってきた「時代を映した引用と模倣とコラージュ」という文脈から全く隔絶された孤高の存在であることが明らかになります。これってすごいことです。つま人類誕生以来の「装う歴史」とは関係ないところに立っているってことですから。川久保玲こそ本物のクリエイターなのかもしれません。

もし永遠の生命を誰かに与えられるとしたら(自分や家族をのぞけば)川久保玲は最有力候補の一人かも?とまで思ってしまう… 
「ラグジュアリー」をテーマにしつつ、その言葉とは一見対極にあるような人のすごさを実感できる、というなんとも良く出来た展覧会でした。ファッションに限らず創造的な仕事をしている人は必見だと思います。
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